Donuts

2006
地域 / シーン:Detroit / Stones Throw
アルバム全体
本能が爆発する。野生と知性が、31の断片をひとつの流れにする。
野生と知性。その両方で、次の音へ。
『Donuts』はJ Dillaの本能が爆発している。野生と知性を感じる。この二つは、ここでは反対側にない。思わず身体が動く瞬間と、どうやってそこへ連れてこられたのか考えたくなる瞬間が重なっている。好きな一曲を取り出しても楽しい。それでも、31曲を渡っていく流れの中でしか出会えない感覚がある。
最初に置かれているのは「Donuts (Outro)」。最後は「Welcome To The Show」だ。終わりを告げる名前から入り、ようこそという名前へ着く。その曲順だけでも、もう一度頭へ戻りたくなる。短い曲の密度、切り替わる速さ、余韻が次の音によって塗り替えられる感覚。その全部を、ひとつのアルバムとして聴くということだ。
「Workinonit」を入口に選ぶときも、そこで完結させず、続く「Waves」まで進みたい。曲の中にある切れ目だけでなく、曲と曲の境目にも耳を置く。「Time: The Donut of the Heart」を単独で繰り返す日と、アルバムの10曲目として迎える日では、同じ短さの感じ方が変わる。何が鳴るかに加えて、いつそこへ着くか。その順番が、聴く側の身体をつくっていく。
この流れには、編集の仕事もある。Stones ThrowのJeff JankはDillaとアルバムの編集と曲順に携わった。Peanut Butter Wolfの証言では、曲の長さや並びを変えるJankの提案をDillaが承認したという。ひらめきの強さと、全体の形を見渡す耳。その両方が作品の成立に関わっていたことは、「野生と知性」という聴き方に具体的な奥行きを与えてくれる。
2006年2月7日、Dillaの誕生日に発売され、その3日後に彼は亡くなった。その事実を知ると、音の一つひとつに別れの意味を探したくなる。ただ、全編を病床で作った最期の伝言と決めつけてしまうと、編集の面白さや、音で遊ぶ大胆さを聞き逃すかもしれない。制作の経緯には、後年の取材で見直されてきた部分もある。人生の背景を大切にしながら、意味をひとつに閉じ込めずに聴きたい。
終盤の「Hi.」「Bye.」「Last Donut Of The Night」、そして「Welcome To The Show」へ。曲名を読む気持ちと、次のビートを待つ身体が並んで進む。アルバムの頭から順番に聴くと、その道のりも音楽の一部になる。一曲の記憶を、前後の音がまた変えていく。そのたびに、Dillaの本能と、その本能を形にする知性に触れる。
ALBUM SEQUENCE
- Donuts (Outro)
- Workinonit
- Waves
- Light It
- The New
- Stop
- People
- The Diff'rence
- Mash
- Time: The Donut of the Heart
- Glazed
- Airworks
- Lightworks
- Stepson Of The Clapper
- The Twister (Huh, What)
- One Eleven
- Two Can Win
- Don't Cry
- Anti-American Graffiti
- Geek Down
- Thunder
- Gobstopper
- One For Ghost
- Dilla Says Go
- Walkinonit
- The Factory
- U-Love
- Hi.
- Bye.
- Last Donut Of The Night
- Welcome To The Show
個別の記事:Workinonit / Time: The Donut of the Heart / Last Donut of the Night
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ビートテープが、アルバムになる
Stones Throwは、優れたデモのビートテープをフルレングスへ育てる企画だったと説明している。完成した短い曲を並べるだけでなく、順番と長さによって全体の体験をつくる。その視点から、まずはシャッフルせずに聴きたい。
曲順をつくる、もうひとつの耳
Peanut Butter Wolfは、Jankが曲順や各曲の長さに変更を提案し、Dillaがそれを承認したと語る。これはWolfの回想として読む。Jankを全曲のビート制作者とする意味ではなく、Dillaの音をアルバムとして届ける編集への参加を示す証言だ。
参考資料:Trent Moorman — Peanut Butter Wolf Interview (The Stranger掲載取材の著者アーカイブ) / Stones Throw — Behind the smile: J Dilla’s Donuts album cover
音の荒さを、消さずに仕上げる
Dave Cooleyはマスタリングで、圧縮による独特の脈動を保つようコンプレッサーのリリースをテンポに合わせたと回想している。一方で、届いた時点ですでに大部分が仕上がっていたとも述べる。磨くことと、角をなくすことは同じではない。
参考資料:Reverb — Engineering Dilla: How J Dilla’s Classic Albums Were Mixed and Mastered
病床の神話より、制作の過程へ
レーベルは入退院を重ねた時期に完成した作品と説明する。Jordan Fergusonの取材を収めた書籍抜粋では2005年10月には発売準備が整っていたとされ、Dan Charnasも後年の調査で通説を検討し直した。全曲の制作場所や機材をひとまとめに断定せず、ビートの制作とアルバムの編集・完成を分けて考えたい。
参考資料:Stones Throw — Donuts / Stones Throw — Excerpt: J Dilla’s Donuts 33 1/3 / The Ringer — Reinventing the Myth of J Dilla
二つのジャケット、ひとつの作品
笑顔の写真と、ドーナツ店のイラスト。Jankが手がけた二つのカバーは同じ作品につながる。レーベルによると、笑顔はMEDの映像撮影時の素材から選ばれ、デジタルとCDの主カバーになった。二つのビジュアルから、同じ音楽への入口が開いている。
参考資料:Stones Throw — Behind the smile: J Dilla’s Donuts album cover
制作背景
作品全体を聴く
2006年2月7日、Stones Throwから発売されたJ Dillaのアルバム。31曲、約44分。
編集とシークエンス
制作はJ Dilla。Jeff JankはDillaと編集・曲順に携わった。マスタリングはDave Cooleyの担当として本人のインタビューで確認できる。
収録順の入口と出口
公式YouTubeアルバム・プレイリストでは、1曲目がDonuts (Outro)、31曲目がWelcome To The Show。4曲目はLight Itと表示される。配信サービスによってLight My Fireという表記もある。
サンプル元
公式アルバムの全31曲を、プレイリストの曲順で掲載。サイト内の実再生は未確認です。
アルバム全31曲のサンプル同定は掲載していません。未掲載はサンプル不使用を意味しません。
出典
Stones Throw — Behind the smile: J Dilla’s Donuts album cover
Trent Moorman — Peanut Butter Wolf Interview (The Stranger掲載取材の著者アーカイブ)
Reverb — Engineering Dilla: How J Dilla’s Classic Albums Were Mixed and Mastered
Stones Throw — Excerpt: J Dilla’s Donuts 33 1/3
The Ringer — Reinventing the Myth of J Dilla