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別れの曲(練習曲 Op.10-3)
速さを競う練習曲とは正反対に、遅いテンポで旋律を歌わせる練習曲です。右手が旋律・内声・伴奏の三層を受け持ちます。一つの右手から三層の音楽が聞こえてくるところに、ピアノで歌う面白さを感じます。
作曲の経緯
1832年、22歳のショパンがパリで書いた曲です。Op.10の練習曲集は1829年ごろから数年かけて書き継がれ、この曲は後期にあたります。標題は「練習曲」ですが、従来の練習曲と違い、遅いテンポで旋律を歌わせる曲です。伝記作家ニークスによると、弟子のグートマンがこの曲をさらっていたとき、ショパンは「これほど美しい旋律は二度と書けないだろう」と言い、両手を組んで「ああ、わが祖国よ」と叫んだといいます。望郷の思いを重ねて語られる逸話ですが、後年の伝記に載ったもので、同時代の記録は確認できていません。自筆譜は2種類残り、速度標語はVivace、次いでVivace ma non troppoと書かれています。出版時にショパンがLento ma non troppo(8分音符=100)へ改めたとみられます。2つ目の自筆譜の末尾には、第4番へ間を置かずに入るアタッカの指示があります。
出版・初演
作曲は1832年です(曲集Op.10全体は1829〜32年)。Op.10は1833年に出版されました(英語版Wikipediaはパリのシュレザンジェ版、1833年6月を引く)。初演は未確認です。自筆譜はニューヨークのレーマン・コレクション(Vivace)とワルシャワのショパン博物館(Vivace ma non troppo)に1種ずつです。練習曲集の世界初録音は1927年とされます(日本語版Wikipedia脚注)。
題名・通称の由来
日本で定着した「別れの曲」という通称は、1934年のドイツ映画『Abschiedswalzer』(邦題『別れの曲』、ゲツァ・フォン・ボルヴァリー監督)の邦題に由来します。この映画はショパンの伝記映画で、本曲が主題曲に使われました。日本では1935年にキャストを替えたフランス語版(La chanson de l'adieu)が公開されて大ヒットし、これを機に本曲が「別れの曲」と呼ばれるようになりました。海外の通称は「Tristesse(悲しみ)」で、フランス語圏では「L'intimité」、英語圏では「Farewell」とも呼びます。いずれもショパン自身が付けたものではありません。
構成分析
- A部(冒頭〜約20小節、Lento ma non troppo) 右手の最上声が息の長い旋律を歌い、内声と細かい16分音符の揺れが同じ手で伴奏を務めます。左手は和音とシンコペーションで支えます。楽句の構成は(5+3)+(5+7)小節という非対称型です。声部ごとに別々のクレッシェンド・ディミヌエンド記号が付くのも新しい点です。
- B部(poco più animato、約21〜61小節) 旋律と伴奏が重音の連なりに融合する中間部です。8小節の楽句が5つ並び、第3楽句は減7と三全音の連続で転調が激しいです。第4楽句(46〜53小節)は両手の6度重音によるクライマックスです。第5楽句(54〜61小節)は属七の和音を引き延ばしてA部再現へつなぎます。
- A'部と終結 A部が短縮して戻り、静かに閉じます。自筆譜末尾には第4番へのアタッカ指示があります。
音楽的特徴
三部形式(A-B-A')で、夜想曲のような歌の曲想が指摘されることが多いです。A部の伴奏は右手の細かい揺れと左手のシンコペーションが重なります。旋律には音の反復が多く、第4〜5小節の長3度の揺れはドビュッシー的な響きを先取りしているとカゼッラが述べています。B部は減7の和音と三全音を連ね、ホ長調を保ちつつ半音階的な色合いが強まります。ペダル指示は自筆譜にも原典版にも見当たりません。
演奏のポイント
右手は弱い3本の指(中指・薬指・小指)が旋律、親指と人差し指が16分音符の伴奏を受け持ちます。一つの手で声部ごとに音量とタッチを変えることが課題です。コルトーは、上声をforteのレガート、中声をmp、最下声の16分音符をppのスタッカートにして別々に練習することを勧めます。指定のテンポは8分音符=100ですが、エキエルは、実演は常にこれより遅いか、はるかに遅いと述べます。B部の6度重音のクライマックスは、A部よりずっと速く弾かれるのが通例です。
この音源について(収録エピソード)
ポリーニは1960年のショパン・コンクール優勝後、ショパン弾きと固定されることを恐れていったん表舞台から退きました。DG公式によれば、1972年に始まったDGでのショパン録音の第1弾がこの練習曲集で、感傷に流れない引き締まった解釈でショパン像を一新したとされます。同年の練習曲集録音はベストセラーとなり、基準盤と評されました。なお1960年にも同曲を録音していたが、EMIからの発売は本人が認めなかったといいます。
音源の投稿元(Topic/レーベル公式)はoEmbedで確認済みです。「未確認」は出典で確認できなかった項目です。
録音
実在と年を出典で確認できたもののみ掲載しています。
- ヴィルヘルム・バックハウス(1927)
練習曲集の世界初録音とされます(日本語版Wikipedia脚注)。レーベルは未確認です。
映画・ドラマ・アニメ
- 別れの曲 (Abschiedswalzer / La chanson de l'adieu)(1934)
ショパンの伝記映画です。恋人コンスタンツィアの18歳の誕生日に贈る曲として、本曲が主題曲に使われます。日本では1935年にフランス語版が公開されました。 - さびしんぼう(年未確認)
原曲が全編にわたって使われ、エンディングではアレンジ版が歌入りで流れます。 - 男はつらいよ(TVドラマ版最終回)(年未確認)
マドンナ・冬子の家の縁側で、寅次郎が婚約者の存在を知る場面で、隣家のピアノから流れます。1973年の映画『私の寅さん』で再現されました。 - 101回目のプロポーズ(TVドラマ)(年未確認)
ヒロインの亡き婚約者が好んだ曲として場面のBGMになります。
CM
確認できた出典はありません。
教科書・鑑賞教材
教科書・鑑賞教材での掲載を示す出典は確認できませんでした。
関連作品
- 練習曲 Op.10-4(自筆譜がアタッカで続くよう指示)
- 練習曲 Op.25-7(夜想曲風の練習曲)
- ゴドフスキー編 左手のための版(変ニ長調に移調)
- 歌曲「No Other Love」(1950年、本曲に基づく)
同じ作曲者の曲
トリビア
- 日本で「別れの曲」と呼ばれるのは1935年の映画のヒットがきっかけで、海外ではこの通称は通じません。
- 自筆譜の速度標語はVivaceでしたが、出版時にLento ma non troppoへ変更されました。
- ゴドフスキーは本曲を左手だけで弾く版に編曲しました。変ニ長調に移調し、両手で弾いているような錯覚を生む作りです。