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ピアノソナタ第14番「月光」第1楽章
途切れない三連符の伴奏の上で、低い旋律がゆっくり語られる緩徐楽章です。ソナタの一般的な配置を逆にし、緩い楽章から始まります。静かな曲にも、こんなに絶え間ない動きがあるのが面白いです。
作曲の経緯
1801年、ベートーヴェンが30歳のころに完成した作品で、委嘱を受けた証拠はありません。作品27の2曲(第13番と第14番)には、どちらも「幻想曲風ソナタ」という題が付けられました。伝統的な「急−緩−急」を避け、緩やかな楽章から始めて速度を段階的に上げ、重心を終楽章に置いた配置になっています。献呈相手のジュリエッタ・グイチャルディは、1801年11月にヴェーゲラーへ宛てた手紙で恋心をほのめかした弟子ですが、この献呈は当初からの意図ではなく、本来グイチャルディに捧げる予定だったロンドOp.51-2をリヒノフスキー家の令嬢に贈ることになったため、代わりにこのソナタが充てられたとされます。
出版・初演
初版はウィーンのカッピ社から1802年に出版されました。日付は資料により異なり、日本語版Wikipediaは「1802年3月」、英語版Wikipediaは初版タイトルページに「2 August 1802」とあるとします。このため月日は断定しません。タイトルページには「チェンバロまたはピアノフォルテのための」とあり、当時の出版社の販売上の慣行とされます。初演の記録は未確認です。
題名・通称の由来
ベートーヴェン自身の命名ではありません。詩人ルートヴィヒ・レルシュタープが、第1楽章の効果を「月明かりに揺れる湖」のような情景にたとえたことに由来します(命名時期は英語版が1824年、日本語版が1832年で食い違う)。「ルツェルン湖の舟」という有名な表現は、1852年にヴィルヘルム・フォン・レンツが付け加えたものらしいです。チェルニーは先んじて「夜景。遠くから悲しげな亡霊の声が聞こえる」と評しました。ベートーヴェンはこの人気を快く思っていなかったとされます。
構成分析
- 冒頭指示(Adagio sostenuto) 「全曲を極めて繊細に、ダンパーなしで演奏すること」という指示で始まります。現代ピアノではサステインペダルを使い続ける解釈になるが、響きが濁りやすいです。形式の見方は、三部形式とする説や、変則的なソナタ形式とする説に分かれます。
- 序奏とA主題 低音のオクターブに続き、途切れない三連符の伴奏の上に付点リズムの旋律が置かれます。葬送を思わせる、とする見方もあります。
- B主題と中間部 ロ長調付近でB主題が出ます。中間部ではA主題の素材から出発し、旋律的な要素が薄れ、三連符が高音域へ弧を描いて上り下りします。
- 再現 A主題が再び現れ、B主題も続いて再現されます。
- コーダ 約2オクターブにわたる三連符の往復の下で、低音がA主題のリズムを繰り返し、最弱音で終わります。アタッカの指示で休みなく第2楽章(Allegretto、変ニ長調)へ進みます。
音楽的特徴
嬰ハ短調、2/2拍子です。右手の三連符が最後まで途切れず、この音型が全体のトーンを決めます。旋律は主に低音側で語られ、右手は同じ音型を保ちます。音量はpp〜pの範囲にとどまります。弱音と持続音を重ねたペダルの響きが主役で、旋律の動きは小さいです。この三連符の音型は終楽章のアルペッジョの動機へ発展し、全曲の統一にも関わります。
演奏のポイント
最大の課題はペダルです。現代のピアノは当時より余韻が長く、楽譜どおりの踏みっぱなしでは和声が濁ります。対策として、和声の変わり目ごとに踏み替える、ハーフペダルを使う、低音を無音で押さえてソステヌートペダルで保持する、などの方法があります。トーヴィは、速いテンポを選んで12/8のようになる解釈を戒めました。全曲では終楽章が技術・持久力ともに最も難しいです。
この音源について(収録エピソード)
Sony ClassicalからDGへ移ってからの録音です。The Classic Reviewによれば、制作の進め方は変わらずベルリンの放送施設で録られました。ペライアにとって月光もハンマークラヴィーアもこのレーベルでは初録音とされます。同評は月光のテンポ設定を適切と評し、ペダルは和声の変化ごとに替える穏当な扱いで、アタッカの指示どおり全楽章を途切れず弾いていると述べます。
音源の投稿元はoEmbedで確認済みです。このトラックが上記アルバムのものかは、演奏者とレーベルからの推定です。「未確認」は出典で確認できなかった項目です。
録音
実在と年を出典で確認できたもののみ掲載しています。
- アルトゥール・シュナーベル(1934)
テンポの速い演奏と評されます。レーベルは未確認です。 - ヴィルヘルム・ケンプ(1960)
単独録音です。音質・解釈の両面で、1965年の全集録音より好まれるとされます。レーベルは未確認です。 - エミール・ギレリス(1983)
ドイツ・グラモフォン。率直で誠実な演奏と評されます。 - スティーヴン・コヴァセヴィチ(1999)
EMI。史上最高水準の1つとする評価がある一方、音質はやや窮屈とされます。
映画・ドラマ・アニメ
- 不滅の恋人 (Immortal Beloved)(1995)
新しいピアノの蓋に頭をつけて音を感じ取りながら弾くベートーヴェンを、隣室からジュリエッタ・グイチャルディとその父がのぞき見る場面です。 - Moonlight Sonata(ロータル・メンデス監督)(1937)
パデレフスキが第1楽章を演奏します。登場人物の亡き両親を結びつける曲として登場するとされます(上映案内ページの要約です。本文は精読していません)。 - 名探偵コナン ピアノソナタ『月光』殺人事件(公開年未確認)
第1楽章と第2楽章が流れる場面があります(日本語版Wikipediaの記述)。
CM
確認できた出典はありません。
教科書・鑑賞教材
教科書・鑑賞教材での掲載を示す出典は確認できませんでした。
関連作品
同じ作曲者の曲
トリビア
- 日本の戦前の国語読本に載った「盲目の少女のために即興で作った」という『月光の曲』の話は、19世紀ヨーロッパで作られた創作で、事実ではありません。
- 弟子チェルニーによると、ベートーヴェン自身は、この曲が人気を集めすぎたことを不満に思い、「もっといいものを書いたのに」といった趣旨のことを言ったとされます。
- リストは第2楽章を「2つの深淵の間に咲く一輪の花」と評しました。