Mind In A Spin

2004
地域 / シーン:プロヴィデンス/ワシントンD.C.からロサンゼルスへ
客演の入口は共演の現場。Time Machineが語る、ProvidenceとBostonの近さ。
Edo G.へ送ったデモの前に、同じ舞台があった。
『Slow Your Roll』の中でも「Mind In A Spin」は、ジャズやソウルの穏やかな連想だけには収まらない曲だ。Mekalekは2004年の取材で、このビートを1997年ごろから形にしようとしていたと話している。すぐには解けなかった組み立てが、長い時間を経てようやく噛み合った。曲名が示す頭の混乱とは対照的に、制作には粘り強い整理の時間があった。
客演のEdo G.は、単にアルバムへ名前を貸したのではない。Time MachineはMasta AceとEdo G.の「Make Some Noise」で一緒に仕事をした後、本曲のデモを送り、本人が気に入って参加を決めたと説明している。Mekalekにとっても、そのヴァースが入ったことで曲は完成し、アルバム全体の流れへ収まった。異なる声が曲の役割まで決める共演だ。
2005年の『Grime Machine』では、このアルバム曲が新曲二曲と並ぶマキシ・シングルの一角になった。同時代のResident Advisorは、ゆっくりしたダブ/ダンスホール寄りのリズムと重い低音を特徴として挙げている。ジャジーなグループという印象だけで聴くより、既存の持ち味から少し外れる曲をDJの場へ持ち出した一枚、と捉えると選曲の面白さが増す。
Hip Hop Coreの2004年取材でJaysonicは、Edo G.とは同じ公演に出演して知り合ったと説明している。ProvidenceからBostonまでの近さも、共作したい相手と接点を持てた理由として挙げた。後に「Mind In A Spin」のデモを送るまでには、「Make Some Noise」で一緒に仕事をした段階がある。客演を遠くの著名人への依頼だけで考えるのでなく、公演と録音を重ねた関係として辿れる。
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自分たちで出口を作る
Jaysonicは、最初の12インチを他社から出した経験を経て、自分たちの発売を他人任せにしないためGlow-in-the-Darkを始めたと話している。録音とレーベル設立、離れた都市での生活が重なり、デビュー盤の完成には時間がかかった。 その遠回りは、音楽を好きな時に出すための土台でもあった。「Mind In A Spin」がアルバムからマキシへ移った流れをたどると、曲作りと流通の設計が別々ではなかったことが分かる。
参考資料:Time Machine — Hip Hop Core interview, 2004 / Time Machine: Grime Machine — Resident Advisor
日本の聴き手が変えた盤の形
日本盤について尋ねられたJaysonicは、最初の12インチから日本のファンが支えてくれたこと、複数の申し出の中からMicLifeと組んだことを説明した。自分たちだけでは難しい展開を可能にする相手だったという。 米国のインディー盤を日本が後から受け取るだけ、という一方向の図式ではない。遠くの反応がライセンスやボーナス曲を含む別の発売形態へつながる。アルバムの旅を知ることは、この曲が日本のレコード棚へ届いた経路を知ることでもある。
制作背景
サンプル元
配信元の公開情報では日本を配信対象に含む公式音源です。サイト内での実再生は未確認です。
出典
Time Machine feat. Edo G. — Mind In A Spin 正規音源
Time Machine — Hip Hop Core interview, 2004