Walk This Way

1986
地域 / シーン:Hollis / Queens
Joe Perryが語る、共演のスタジオに足りなかった楽器。
ベースを取りに走った、Beastie Boys。
「Walk This Way」の入口は、ギターの派手さより先に、あのドラムの置き方にある。次の声が入る場所を、床にテープで示してあるようなビート。その上でRunとDMCが言葉を受け渡し、Steven Tylerの声が高いところから割り込んでくる。違う声なのに、歩く道はひとつだ。
1986年の『Raising Hell』に入ったのは、Aerosmithの1975年録音そのままではなく、TylerとJoe Perryを迎えた新しい録音。Rick RubinとRussell Simmonsの制作、Jam Master JayことJason MizellとJoseph Simmonsの共同制作というクレジットも、ここでは分けて見ておきたい。年表の1986年は、この出会いの年である。
DMCはComplexの取材で、当初はAerosmithの曲をループして、自分たちのラップを乗せるつもりだったと話す。曲全体をやり直す案には戸惑った。それをRun-DMCらしい掛け合いに変えるよう促したのがJayだったという。ジャンルの大握手の前に、いつもの口の動かし方へ戻る作業があった。
だから聴くときは、両者が似ているところだけでなく、似ていないまま噛み合うところを追いたい。二人の硬い区切りと、Tylerの引き伸ばす声。揃えすぎないから、受け渡しが見える。歴史の教科書なら一行で済む共演にも、マイクの前ではそれぞれの歩幅が残っている。
Joe PerryはGuitar Worldの取材で、ミックスを聴いたRick Rubinがベースを加えたいと言ったが、スタジオに楽器がなかったと回想する。居合わせたBeastie Boysの一人が自宅から持ち帰り、Perryが弾いたという。本人の記憶に基づく、共演を支えた小さな実務の話だ。
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本命のロック曲は、タイトル曲だった
DMCは、タイトル曲の「Raising Hell」こそ「Rock Box」「King of Rock」に続くロック曲になるはずだったと振り返る。アルバムの当初の見取り図では、ロックとの接点が「Walk This Way」だけに集中していたわけではない。
緑とマゼンタにも、原版の理由がある
デザイン担当のJanet Perrは、白黒写真を2組の配色で印刷したと説明する。紫の写真に緑の文字、そして緑の写真にマゼンタの文字。今回はSony掲載の後者を参照する。写真の色は一種類に固定されていなかった。ジャケットを「見覚え」だけで決めないための、ちょうどよい例だ。
制作背景
サンプル元
資料に基づく制作史と編集上の聴き方です。編者の個人的な実体験や今回の実再生検証を意味しません。
使用録音・別演奏の区別と音源リンクは今回未照合です。本文の記述から未確認のサンプル項目を追加していません。
出典
Rock Hall Walk This Way video exhibit
Recording Academy Rick Rubin biography