Rated “R”

1992
地域 / シーン:ニュージャージー/ニューアーク
Redmanが語る、スキットや曲順まで担ったデビュー作。
ビートの先に、アルバムを組み上げる仕事。
「Rated “R”」が収められたのは、1992年の『Whut? Thee Album』。正規音源の制作欄にはErick SermonとR. Noble、つまりRedman本人が並ぶ。先輩の音を借りて声だけを乗せる新人、という図式では捉えきれない出発点だ。曲名の映画的な年齢区分を、過激さの宣伝文句として読むだけでなく、自分の語り口へ付けた看板として眺めたい。短い一曲にも、誰の世界へ入るのかを先に知らせる働きがある。
2010年の回顧でRedmanは、EPMD、K-Solo、Das EFXのいる陣営から出る以上、自分は何で際立つのかを考えたと話している。影響として挙げるのはJohnny “Guitar” WatsonやParliament-Funkadelicだけでなく、N.W.A、Ice Cube、KRS-One、Slick Rick。東西の境界を守るより、好きな音楽を広く受け取る姿勢が先にあった。その証言を入口にすると、荒っぽい自己紹介の奥に、聴き手として蓄えた語彙を自分の人物像へ組み替える作業が見えてくる。
本人は2019年、デビュー作を作った時期を学習の過程として振り返った。Erickが忙しくスタジオに来られなくても、セッションを取り消さず、自分で作り方を覚えていったという。完成したアルバムの勢いからは見えにくいが、その背後には手順を身につける時間がある。「Rated “R”」の共同制作クレジットと、このアルバム全体の回想は分けて読みたい。特定の一晩を想像で補わなくても、ラッパーが録音作品の作り手へ育つ時期の曲として位置づけられる。
2019年のThe Source取材でRedmanは、Erick Sermonから受け取ったビートだけでなく、スキットも含めてアルバム全体を組み立てたと話す。さらに、制作にはミックスやマスタリング、曲順も重要だと続けている。「Rated “R”」の共同制作欄だけでは見えない、作品全体を形にする側への関心が、本人の説明には残っている。
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DJから、舞台へ出るまで
2010年のインタビューでRedmanは、もともとDoItAllのDJを務め、ラップもしていたと振り返る。地元のクラブでEPMDと出会い、楽屋で腕を見せたことが、その夜のステージへつながったという。 この入口は、デビューを完成済みのスターの登場として語る物語とは少し違う。誰かの音をつなぐ仕事、近くにいる人の紹介、突然の実演が重なっている。後の「Rated “R”」を、その場で自分を印象づける必要を知った人の自己紹介として読むこともできる。ただし、これは曲そのものの制作日に関する証言ではない。
曲順までが、自分の作品になる
The Sourceの2019年取材でRedmanは、ビートやラップに加えて、ミックス、マスタリング、曲順もアルバム作りの重要な部分だと話している。デビュー作ではスキットを含めて全体を組み立てたという本人の回想がある。 「Rated “R”」を単独で選びながらも、その前後へ戻る余地を残したい。ひとつのラップの強さと、アルバムの中でそれをどこに置くかは別の仕事だ。曲単位の共同制作欄を尊重しつつ、作品全体の編集にRedmanがどう関わったかを知ると、短い挿話も含めた聴き直しの入口になる。
制作背景
サンプル元
配信元の公開情報では日本を配信対象に含む公式音源です。サイト内での実再生は未確認です。
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