I Went for Mine

1992
地域 / シーン:Bronx / D.I.T.C.
Diamond & The Psychotic Neurotics
Diamondが語った、プロデューサーから表舞台へ出た日。
ビートの代金を受け取るつもりが、ソロ契約へ。
DiamondはJazzy Jayから、レコードをそのまま繰り返すだけでなく、断片を組み合わせて自分のループを作ることを学んだと語る。ところが「I Went for Mine」については、プログラムしたドラムを用いながらもループの曲になったと説明する。本人が感じた意外さは、師匠の普段の教えを知ってこそ見えてくる。
オリジナルCDのブックレットは、この曲のプロデューサーをJazzy Jay、共同制作をDiamond、スクラッチをMaster Teeと記す。Diamond名義のアルバムだからといって、全工程が一人の仕事とは限らない。師弟関係についての回想に、当時のクレジットが具体的な担当を与えている。
音楽ライターOliver Wangは2006年、この曲が当初のCDとカセットには入り、アナログLPには入っていなかったことを振り返っている。現在の配信で同じアルバムとして並んでいても、最初に手にした形式によって聴ける曲は違った。「隠れた曲」という印象には、作品評価だけでなく盤の構成も関わっている。
DiamondはAlbumismの取材で、別のアーティストのデモを制作していた時、レーベルへ呼ばれたと話す。ビート代の相談だと思っていたところ、A&RのBrian Chinnが関心を寄せていたのはDiamond自身だった。これは「I Went for Mine」の個別セッションではなく、アルバム契約への経緯だ。師匠Jazzy Jayの制作曲を自分の名義で歌う背景に、作り手自身が前へ出る転機があった。
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DIG:Best Kept Secret
同じアルバムの2曲目で、制作はDiamond。Jazzy Jayが制作した本曲と、名義人自身の制作曲を並べるための一曲。
DIG:Freestyle (Yo, That's That Shit)
同盤18曲目。Diamond制作にThe Large Professorが共同制作で加わる。「I Went for Mine」とは役割の組み合わせが異なる共同作業としてたどれる。
制作背景
サンプル元
公式配信のメタデータで、作品情報・日本の配信対象・埋め込み許可を照合。日本国内からの実再生と埋め込み再生は未確認です。
主なサンプル元は未確認です。
出典
Albumism — Jesse DuckerによるDiamond D本人インタビュー(2017年12月29日)
Stunts, Blunts & Hip Hop — CDブックレット、曲1〜11
UMG / Diamond & The Psychotic Neurotics - Topic — I Went For Mine
Soul Sides — Oliver Wang / DIAMOND + BUSTA: CREDIT IS DUE(2006年4月3日)