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怒りの日(ディエス・イレ)(ヴェルディ《レクイエム》第2曲の冒頭)

Dies irae, from Messa da Requiem

ヴェルディのレクイエムで最後の審判を描く合唱の爆発です。大太鼓と金管が炸裂する冒頭は終曲でも再現され、映画やテレビでも多用されます。

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作曲者
ジュゼッペ・ヴェルディ(ロマン派(イタリア))
カテゴリ
宗教曲・声楽
作曲年
1873〜74年
作品番号
なし
調性・拍子
ト短調、4/4拍子(Allegro agitato)
形式
合唱と大管弦楽による続唱の冒頭部。曲中・終曲で何度も再現される
難易度
未確認です。
献呈
アレッサンドロ・マンゾーニの追悼です(一周忌のために作曲)。
ムード
荘厳・勇壮

作曲の経緯

ロッシーニが1868年に亡くなると、ヴェルディは複数のイタリア人作曲家による追悼ミサを提案し、自らは終曲「リベラ・メ」を書きました。この企画は1869年に頓挫し、楽譜は長く演奏されませんでした。1873年5月22日に敬愛した作家アレッサンドロ・マンゾーニが亡くなると、ヴェルディは今度は自分ひとりで追悼のレクイエムを書く決意を固めます。同年夏にパリで大半を作曲し、先のリベラ・メも改作して取り込みました。1874年5月22日、ミラノのサン・マルコ教会でマンゾーニの一周忌に初演され、作曲者が指揮しました。その3日後にはスカラ座でも同じ顔ぶれで演奏されています。「怒りの日」は第2曲の冒頭で、最後の審判を描く最も有名な部分です。オペラ的すぎて教会向きでないとの批判を初演当時から受けたが、現在は演奏会の定番となっています。

出版・初演

初演:1874年5月22日、ミラノのサン・マルコ教会です(ヴェルディ指揮)。同年5月25日にスカラ座で再演されました。楽譜初版はリコルディ社です(1874年)。1875年のロンドン公演を前に「リーベル・スクリプトゥス」が改訂されました。

題名・通称の由来

「Dies irae」はラテン語で「怒りの日」です。中世の続唱の冒頭句で、最後の審判の日を指します。曲名は典礼文の冒頭に由来し、ヴェルディはこの続唱を全体の中心に据えました。

構成分析

音楽的特徴

オペラで培った劇的な対比と力強いリズムを宗教曲に持ち込みました。大太鼓は通常のほか、極弱音の不気味なロール用に大型の「ヴェルディ・バスドラム」を使う指揮者もいます。教会より劇場向きという批判と、ブラームスが楽譜を見て「天才の作品」と評したという逸話が対照的です。

演奏のポイント

冒頭の和音と大太鼓の鋭い打撃が生む一瞬の緊張、シンコペーションを際立たせるタイミング、弱音で響く再現部との落差を聴きたいです。続く「Tuba mirum」の舞台裏トランペットの空間効果も見どころです。

この音源について(収録エピソード)

演奏
ゲオルク・ショルティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団(独唱:サザーランド、ホーン、パヴァロッティ、タルヴェラ)と推定
アルバム
Verdi: Requiem(Decca、1968年LP発売のショルティ盤と推定)
レーベル
Decca
録音
1967
録音場所
ウィーン、ゾフィエンザール

1967年10月、ウィーンのゾフィエンザールでデッカが収録しました。ショルティがウィーン・フィルとウィーン国立歌劇場合唱団を指揮し、ソプラノはジョーン・サザーランド、メゾはマリリン・ホーン、テノールはルチアーノ・パヴァロッティ、バスはマルッティ・タルヴェラです。制作はジョン・カルショーとクリストファー・レイバーン、録音技師はゴードン・パリーです(Discogsのクレジット)。1968年にLP(SET 374-5)で発売されました。2008年の再発評は、シンコペーションを際立たせるタイミングの妙で〈怒りの日〉が威圧的な情景になったと評しています。

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録音

実在と年を出典で確認できたもののみ掲載しています。

映画・ドラマ・アニメ

CM

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教科書・鑑賞教材

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トリビア

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出典

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