エリーは、カリブの言葉でも振り返る。
YOSHIRO広石の「Elly mi amor」は、サザンオールスターズの「いとしのエリー」をサルサへ迎えた曲。外国の歌を日本語へ訳すだけがカバーではない。日本から来た一曲が、ベネズエラで活動する歌手の声とスペイン語を通って、もう一度日本へ届く。
- 発売年
- 1994年
- 国・活動圏
- 日本 / ベネズエラで制作
- 参照盤の発売国
- ベネズエラ
- ジャンルの手がかり
- サルサ / 日本曲のスペイン語カバー
- 参照したレコード
- Caribe A.M. — 1994年原アルバム
- 制作・録音年
- 未確認
最初の確認できる原アルバム1994採用。作曲作品1979、相手面録音1989、再発2017を区別。
1994年のアルバムから、2017年の7インチへ
東洋化成の発売記事は、ウーゴ・ブランコのレーベルから1994年に出た「Caribe A.M.」を原アルバムとする。「いとしのエリー」自体の1979年と、この録音の発売年は別だ。2017年11月3日にはTYO7S1003として7インチ化。相手面「Djobi Djoba」は1989年録音と説明され、本曲まで1989年にしないよう曲別に読める。 [1] [2]
原語で歌うことを選んだ人
本人のインタビューでは、1965年4月25日に日本を発ちベネズエラへ渡ったと語る。日本にいた頃からスペイン語で歌い、米軍キャンプのヒスパニックの客とも通じ合えたという回想がある。歌の言語は飾りというより、目の前の人へ届く方法だった。その歩みを知ると、日本の曲をスペイン語で歌うことも自然な選択として見えてくる。 [3]
切り替わる言語の、その手前
発売元は曲の後半でスペイン語から日本語へ移る点を紹介する。そこへ着くまでに、旋律と拍を耳に馴染ませておきたい。慣れた言葉が戻る瞬間、同じ歌が急に近く感じるかもしれない。Wilma Readingへ続ければ、国際的に活動した別の歌手のレパートリーへ。知っている旋律が、知らない土地へ連れていく楽しさがある。 [1]
聴き方の提案は、この曲を楽しむための鑑賞ガイドです。
関連曲を、棚の中から。
出典と資料メモ
年は確認できた最も早い発売年を採用。活動国と盤の発売国、再発年は分けて記録しています。
- 東洋化成RPM — 発売情報 ↗
1994年原アルバム、2017年再発、言語の切り替え。
- レコードの日公式 — TYO7S1003 ↗
2017年再発の書誌。
- RPM — YOSHIRO広石本人インタビュー ↗
渡航日、原語で歌う理由。
資料確認日 2026-10-26 · 解説は確認資料の範囲で更新します。