ザ・ニュー・バウハウス:授業計画
学校の教育資料
同心円の教育課程の図を通じてグロピウスのモデルとの関係を説明する機関展示。図形の似た個人作品より学校との関係が具体的
作品・資料の出典を見る ↗作品・資料の記録を読む
作品名(出典表記):The New Bauhaus: Course Curriculum
László Moholy-Nagy(ラースロー・モホリ=ナジ) / 1936/1937(機関展示の年代表記) / 学校の教育資料
デザイン表現史RESEARCH EDITION作品・制作の例3件を紹介しています。実作品画像0点、参照・関連画像0点。画像の収集は継続中です。
学校・教育。後継校への変化は時期を分けて扱う
New Bauhaus Chicago
ニュー・バウハウスは、1937年にアメリカのシカゴにできた学校です。
モホリ=ナジは、ドイツのバウハウスでの経験をもとに、材料や光を使って試す学びを大切にしました。
紙を切ったり折ったり、光の当て方を変えたりすると、何が見つかるでしょう。
ここでは、学校の学び方を伝える資料を、後の学校のものとは時期を分けて紹介します。
実作品の画像は、まだ掲載していません。下の出典リンクから作品を確かめられます。参照図や説明図は、実作品の画像とは別に数えます。
学校の教育資料
同心円の教育課程の図を通じてグロピウスのモデルとの関係を説明する機関展示。図形の似た個人作品より学校との関係が具体的
作品・資料の出典を見る ↗作品名(出典表記):The New Bauhaus: Course Curriculum
László Moholy-Nagy(ラースロー・モホリ=ナジ) / 1936/1937(機関展示の年代表記) / 学校の教育資料
学生制作・光の実験
イリノイ工科大学自身の展示が、実験教育の節に1941年の学生制作として提示する。光を材料として扱う学びを知る資料。
作品・資料の出典を見る ↗作品名(出典表記):Wiremesh Pillow, Light Modulator
Georgianna Green(ジョージアナ・グリーン) / 1941 / 学生制作・光の実験
学校の教育資料
イリノイ工科大学自身の展示が光の操作を説明する節に掲げる、1946年の教育資料。初期ニュー・バウハウスと後継校を区別して見る例。
作品・資料の出典を見る ↗作品名(出典表記):Dictionary of the Light Modulator
Jean Kendall(ジーン・ケンドール) / 1946 / 学校の教育資料
最初の学校は、資金が足りず1938年に閉じました。
モホリ=ナジは1939年に、後継のスクール・オブ・デザインを開きました。
この学校は1944年にインスティテュート・オブ・デザインと名前を変え、1949年にイリノイ工科大学に加わりました。
資料を見るときは、どの時期の学校でつくられたものかを確かめます。
決まった色を探すより、光が当たったときに材料の見え方がどう変わるかを考えます。色の三原色を使っているだけで、この学校の作品とは判定できません。
学校案内の文字や配置は、教育方針を伝える資料として見ます。すべての学生作品が同じ書体を使ったとは言えません。
ニュー・バウハウスと後継校では、紙を切ったり折ったりする実験、光を反射させる装置など、材料を変えると何が起こるかを調べる課題がありました。完成品の形だけでなく、試す過程にも目を向けましょう。
光・影・材料の位置関係を比べます。写真の見え方を、被写体の形だけでなく光との組み合わせから考えるための観察の問いです。
ドイツのバウハウスとつながる学校ですが、単なる同じ学校の引っ越しではありません。新しい場所で資金や教育の仕組みを組み直しました。また、後継のインスティテュート・オブ・デザインで教えた写真家の作品を、初期ニュー・バウハウスの授業作品と混同しません。
紙を折って確かめる、光の向きを変えて比べる。こうした小さな実験は、頭の中だけでは気づかない違いを見つける助けになります。ここでの提案は現代の学習のヒントで、いまのすべてのデザイン教育がこの学校から生まれたという意味ではありません。
学校案内、1941年の学生制作、1946年の教育資料を選びました。初期のニュー・バウハウスと、その後の二つの学校名を制作年とともに示しています。この3点だけで、すべての授業を紹介するものではありません。
作品・制作の例3件を紹介しています。実作品画像0点、参照・関連画像0点。画像の収集は継続中です。